Fri Jul 19 20:54:05 JST 2013

あたかも第三者の目線で自分の性格を分析するのは、Twitterなんかでよく見かけるし 自分なんかは酔っぱらうと誰かに愚痴垂れるようにそうするけど 大抵それはこっ恥ずかしいもので、そして的外れで、 的外れなのは、それは自分で自分を正確に診断することはできない、というのもあるかもだけど 自分の冴えない顔を鏡で見るのに懸命に、積極的に誤解することで自分を良く見ようとすること つまり、少しでもマシに自分を診断するから

試しにしてみましょうか

自分は人より幸せになってはいけない 同じ幸せも人より多くの犠牲を払わなければならない 楽しい時間というのは普通、お金だとか友達だとかいうコストによって得るけれど 社会のおかげで大凡同程度のお金や友達付き合いで私も楽しい時間は過ごせられるけれど それだけじゃきっとならない 例えば帰り道に交通事故に合うだとか 社会が支援できないような、神だとか霊的な支配の及ぶ範囲で、自分はきっと犠牲を 払うことになるのだ、と信じてる節がある 買い物の帰り、自転車を漕いでいて、きっと今日は車に衝突する 信号を無視して横断する歩行者にぶつかって自分ばっかりが怪我をする という想像をして今日帰ってきた 今日は3DSとルービックキューブとケーキを買って来た 紅茶がそろそろ丁度いい具合に冷める