Thu Mar 23 2023

美味しんぼ, トンカツの回

「みんなが気づいてないのかもしれない面白さ」を説明するのが好きなので説明してみよう. 「素直に表面をなぞっただけでも面白い」コンテンツはその一層奥に隠されてる面白さに気づきにくい.

インターネットで有名なコマがある.

美味しんぼ, 11巻, トンカツ慕情

漫画では11巻「トンカツ慕情」に収録されている. 最近は公式がアニメを YouTube に頻繁にアップロードしてるのでもしかしたら見れるかもしれない.

タイトルがなんせ「慕情」といっているし, 戦後まもなく(??? 1987年の漫画から見て30年前と言ってるので間もなくという程でもないかも)の貧しい学生を大人が助ける, その思い出を胸に学生は今立派な大人になり, といった話なのでいかにもな人情物語としてしか思われないかもしれない.

ストーリーの骨組みを時系列に並び替えると次のようになる.

(どうでもいいことだけど)原作者の雁屋哲にとっては「偉くなる」と「金持ちになる」が全く同じ意味で使われる. 少し引っ掛かるが気にしないことにする.

単に人情物語と思うと「あんなに貧しく苦労しても, 大人に励まされて無事成功して偉くなったんだな, そうして恩人に恩返しをしたんだ」というだけの成功物語でしかない. 一方で引っ掛かるのはやはり, 例のコマだ.

いいかい学生さん、トンカツをな、トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ。 それが、人間偉過ぎもしない貧乏過ぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ

繰り返すが「偉い」は「お金を持ってる」と同義なことに注意. 偉くなるべきではあるが, 偉くなり 過ぎる ことも 駄目 だといっている. このコマを見たときに引っ掛かるのはそこだ. 違和感を覚える.

先に挙げた物語の大筋はタイムラインに並べ替えていて, 実は最初のページは, 金持ちになった里井が30年ぶりに日本に帰国したところから始まる. つまり, 貧乏だった里井少年は立派な, 立派過ぎる人間に成り上がったことを読者は初めから知っている. あれ? じゃあトンカツ屋の主人の約束は破ったのか. 偉すぎる のも駄目だとせっかく言ってくれたのに.

ここまでが起承転結の起承である.

転結では, もうとっくに廃業したおじさんを説得してトンカツ屋さんを再開してもらう. 説得する だけならなんてことない, いつもの人情モノですねで終わりだ. とんでもないのは最後, お店をプレゼントしてしまうというところだ. いくつの意味でも非常識だ. 土地を含むのかわからないがどこかの居抜き物件かもしれない, だとしても不動産の贈与だ. 貰う側としても迷惑だろう. お店をやるのもタダじゃない.

それはさておき, 果たして里井の目的は達せられた.

いいかい学生さん、トンカツをな、トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ。

主人が想定してた「偉さ」ではないかもしれないが, 里井はあの味のトンカツを毎日でも食べたかった. そのためにはこの主人にお店をやって貰わねばならなかったのだ.

それが、人間偉過ぎもしない貧乏過ぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ

札束で殴る解決法を誰が想像できただろうか.