序章

名前も覚えていないし、顔ももう忘れてしまった. それでも、またいつか会うことができれば、きっと分かると思う. 君がどんな肌の色をしてて、どんな声で笑うのかも、どんな髪型だったかも、どんな色が好きで、手にどれだけ皺があって、どれくらい速く走るのか、どんな食べ物が好きでどんな飲み物が好きかも何も知らないけれど、そんなことは問題じゃないと分かる. 僕達は本当の友達だったので、会うことがあればきっと言葉を交わすだろうし、言葉を交わせば自分たちの仲に気づくだろう. なぜなら世界ってのはそういう風に出来ているものだから.

僕達はきっとまた会う約束だけをして別れた.

序章

隣、よろしいでしょうか?

じいさんは静かに会釈して私を促した. 私は腰をおろした. 我々は五分ほど街を見下ろした. 走っている車と言えば運送トラックばかりなことに改めて気がついた. 老人が車道の脇を歩いていた. 日本で一番の人口を誇っていたこの街もさして過密だとは言えないくらいに人が減り、 車の渋滞はほとんど無くなり、皮肉にも随分住みやすい街になった. しかしそれ以上に居心地の悪さを皆等しく感じているようだ. この街に人口が集まったのは結局のところ、寂しさ故なのだろう.

そろそろ行こうかと思ったが、隣のじいさんはよっぽど未練があるのか、動こうとしない. 私が来るずっと前から居たはずだ. ここではあまり話しかけないルールになっている. そっと身を出して前かがみになった.

あそこに、ベンツが止まってるのが見えますか?

今日はじめて、自分以外の人間の声を聞いたなと思った. 一瞬あっけにとられ、私は席に座り直した. 目線を追った先に、確かに車が見えた. 車種には詳しくないが、そう言われたら、あれがベンツなのかもしれない. 個人用の自動車というのはただでさえ贅沢なのに、ベンツといえば高級外車だ.

我々も、生きて真面目に働いてれば、あんなものが買えたかもしれないんですよ

そんなものを買ったところでどうするんだろうと思った. 私は最後につまらない話を聞いてしまったと後悔して、飛び降りた.

夢日記/準備

2018/08/02

寝る前に考えていたことがそのまま夢に出てくる. 昨晩はちょうど寝る前に数学の予習をしていたので、夢の中でそれについて考えていた. 自明ではないモナドはどんなものがあるのだろう. 起きてすぐの私はまだ少し夢の中にいるので、そんなことを考えた. 私の出した結論は、そんなものはない、だ.

次に私は自明であるとはどういうことなのかを定義することを試みた.

なぜそんなものは無いと考えたかと言えば、モナドを Kleisli triple で考えるほうが具体的に分かりやすいのだが、モナドの構造というのは結局 return(単位元)が決めるからに違いない. そして return を Kleisli star で送ったものは恒等射にならないといけないから. ここで時間切れ. 私は元々ギリギリまで寝ていたいタイプなので、悠長に考え事をしている時間はなく、家を出ることを余儀なくされた.

この頃、駅の中の様子がおかしい.

取り当てて言えばおかしなことは色々ある. いつまでも完成しない自殺防止柵. 改札を出る手前に突然立てられた邪魔な彫刻像. 駅員はいつも誰かと言い争いをしている. そんな中でも特別おかしなことがある. この駅には、とある一角に、ガラス張りの中に絵なんかを飾る、ほんのちょっとした、即席個展のようなスペースがある. そこには、どこから集められたのか、素人の書いた習字だったり貼り絵だったりが飾られる. それはどんなに長くても、一ヶ月もすれば、中身が交換される、地元の人のためのちょっとしたお披露目コーナーとなっているのだ.

最近はそこに、なんと言えばいいのか、旗のような、立て看板のようなものが、飾られていて、それの何がおかしいのかと言えば、その看板にはただ「○○○」とだけ、青地の上に白い筆で書かれているだけなのだ. そして、その看板が何枚も何枚も並んでいる. それぞれの看板の右下には「誰々作」といった、紙切れにタイプライターで印刷したような、作者の名刺が貼ってある. これ自体はおかしなことではないだろう. 看板それぞれに工夫や多様性があれば. 美術作品であってどれも異なる作者によるものであるなら、そうでなければならないだろう、本来は. 私が見た異様な光景というのは、画一的に揃えられた、いやそれどころか丁度、プリンタで印刷でもしたかのように寸分の狂いなく筆で「○○○」と書かれてある看板が何枚も並んでいるものだったのだ.

私は次のように考えた.

これは、このスペースの福利的な性質を逆手に悪用した、何かのメッセージであると. 当然これらの看板が本当に異なる作者によるものでないことは明白だ. このスペースは、大金を積めば使わせてもらえるというものではなく、利益のためではなく、地元の人達のための福利的な目的のみに使われる場所だ. そこで、例えば適当な美術教室をでっちあげて、そこの生徒たちの作品を飾らせてくださいとお願いするとしよう. これは全く目的に適っている. しかし「○○○」をいくつもいくつも並べる意味が分からない. 一枚だったとしてもまるで意味がわからないのに.

一方の手のスマホでソシャゲをし、もう一方の手にしたケータイで仕事の電話をするサラリーマンを、内心見下しながら、この異様な空間を通り抜ける(この展示空間はある通路の左右の壁を利用して作られたものなのだ). この空間に居ておかしくない人間というのは次の三種類である. 一つはいかにもこの辺りで働いてますといった人間. こんな人は小奇麗な格好をし、忙しそうに早歩きしている(忙しいフリをしている). それからホームレス. この空間は冷暖房は効いているし雨の日はいい雨しのぎになる場所だと思うのだが、大抵せいぜい一人くらいが隅で寝ているくらいか、酷い雨の日にちょっと三人程度に増える程度のものだ. それから、海外からの観光客. これはどれだけ居ても不自然ではない. 駅前に地図があれば、目の前に立って手に持ったパンフレットと見比べながら何か相談をしてるものだ. 展示を見るために来た人間などというのは見たことがない. 仮に居たとしたら、その場にそぐわないものだろう. 大抵の人はそこを通路としか見ていないのが現状なのだ. 残念なことであるが.

2018/08/03

一日が終わり、私はその通路を行きとは逆方向に通ろうとしていた. この通路、ないしは展示空間は夜の23時には閉まることになっている. 正確にはぴったりではなく、23時の15分頃までは開いており、警備員によって中に人がいないことが確認された後に、人の手によってシャッターが閉められることになっている.

まさに警備員が、さっさと通路を閉めて今日の仕事を終わりたいといった表情でこちらを見てるので、申し訳ない気持ちでいたのだが、そんな中、ある男が、例の旗のような看板のような、どちらが縦でどちらが横なのかも分からない展示物をじっと眺めていた(ちなみに私はそれをどちらかと言えば立て看板の一種だと思っているので、展示してある状態は90度横に回転して飾られているように見えた). その表情は真剣そのもので、しかし、真剣に観察しているというよりは、それが展示されていること自体に悩んでいるようでもあった.

当然だ. 展示物は、昨日も言ったように、全て同じコピー品なのだ. いつもは、チープながらも一つ一つオリジナリティのある絵画なんかがいくつも展示されてあるというのに、ただ画一的なものがいくつも並んでいるだけなのだ. 鑑賞のし甲斐というものがない. 何を隠そう、わたしは、この展示空間の密かなファンなのだ. こんなものが、もう二ヶ月は飾られ続けているのだ. この男も、きっと呆れ果てているのだろう. しかし警備員が厳しい表情でこちらを見ている.

夢日記/電車

電車の乗り方

電車での片道一時間半をどう過ごすかは大きな問題だと思う.

一つ、音楽を聞く. 一つ、本を読む. 一つ、人間観察をする.

これらは組み合わせが可能であり、本を読むフリをしながら人間観察をする、といった応用が有り得る. ところで人間観察をするとは具体的には何をすることを指すだろうか.

人の顔を見ることについて. 人は視線に敏感な生き物である. じっと顔を見ていると相手は自分が見られていることに気附き、やがて目が合う. 大変気まずい思いをするので止めたほうが良い.

人の服を見ることについて. 同性の服装を観察することは常識を学ぶことになるので悪いことではない. スーツを着る場合には革靴を履くべきである、とか. 異性の服装を観察することは単に楽しい. 自分は、こういう服装を着た異性が好みだなと思ったりする.

人のスマホの画面を覗くことについて. これはもはや人のプライバシーを侵すことになるので、基本的には避けたほうが良い. しかし見えるものを見てはいけないという法律はなく、単に道徳の問題である. そして人のプライバシーというのは、楽しい. 人がどんな過程を掛けてツイートをするかを見たことがあるだろうか. たった一文に何十分も掛けて推敲をしてツイートをする男を私は見たことがある. 実際に見てみるまでは、そんな人間がいることなんて思いもしなかっただろう. 観察の対象はどうせなら、自分と離れた世代の方が楽しい. それも自分より先に死ぬであろう上の世代よりも、下の世代の人間に限る. 自分が死ぬとき、まだ生きているのは下の世代だから.

電車に入るとざっと見渡し、空いてる席が無いのを確認すると、私はドアの付近に立って、とりあえず本を開く. 顔を動かさないように視線だけを隣にやると、座席の一番端に女子高生が座っていた. 女子高生は猫背のように身体を丸めてうずくまっていて体調が悪いようにも見えたが、ひと駅程経った頃だろうか、女の子は急にきびきび動いたかと思うとスマホを取り出した. その青い画面はやはりツイッターのようだった.

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね 右下の文字数のカウントはすでにマイナスに突入しており赤く表示されている.

私は女子高生の隣が空いたのを見て、さも今開いたドアから入ったばかりを装って座った.

女子高生のツイートは文字数制限のために投稿出来るはずもなく、タイムラインのチェックと LINE の会話履歴の画面を交互に遷移するだけとなった. 私はつまらなくなって、やがて本を読むことに集中しはじめた. 降りる駅の一つ前の駅名がアナウンスされた. 突然、私は今の時刻を知りたくなった. 私は腕時計をしない. キーボード操作をするときに腕に腕時計のバンドが当たる感覚が不快なので、もういっそ腕時計をしないことにしたからだ. 時刻を知るためにはスマホを開けば十分だからだ. 側面の電源ボタンを一度押せば、ログイン画面になり、時刻が確認できる. 私は満足してスマホを左のポケットの中に戻した. この行為がいけなかったらしい. 私は再び読書に戻り、そしてタイミングを見計らって、電車を降りるために本を鞄に戻して立ち上がった. その時、左腕に力強く掴まれる感覚があった.

人間観察のコツは相手の顔を見ないことである.

断固として私は事務室へ行くことを拒否した. こんなときに味方はいないものだ. 同性ほど厄介だ. 正義感ぶる奴は昔から嫌いだったが、今ははっきりと、そういった人間が敵であることを悟る. 盗人にも三分の理だとか、死刑制度の廃止だとか、そういうものにただならぬ同情を昔から抱いていた. それは結局、自分の身を案じてのことなのだ. つまり、いつ自分が裁かれる側になるかが分からないからなのだ. 人が殺人をれっきと犯罪だとするのは、自分が殺されたくないからなのだ. 私は、スーツを着た人間のことが嫌いだ. 正確に述べると、スーツを着た人間のことを信用できると思う人間が嫌いだ. こんなことなら私もスーツを着ていれば、少しは信用されただろうか. いや、このボサボサの髪をどうにかしないと無理だろうな. 泥棒だってスーツを着るのだ. 私は泣き崩れる女子高生の隣で、サラリーマンに腕を先ほどとは比べ物にならない力で掴まれ、駅員はこちらなんて無視して女子高生に事務室で伺いましょうとか言っている. 女子高生の表情は見えない. 私は、かえって好都合だと思った.

夢日記/バー

2018/05/29

お酒は好きだけど、一人でお酒を提供するお店に行くというのはなかなか勇気がいるもので、何か気まぐれを起こす必要がある. それどころか慣れない海外でお酒を飲むなんてよっぽどの気まぐれを起こさないといけない. その日がまさにそうだった. 存分に人に褒められ、私の気分は有頂天だった. 地元の気張らない大衆食堂と言ったところで本場の料理をごちそうになり、ホテルの前まで送ってもらった. 相手がお酒を飲めない人だったので、ついつい合わせて私もお酒を飲まなかったが、こんな良い日に飲まないのは罰があたると思い、すぐ近所に見つけたバーに入った. いかにも私は場違いといった格好で、誰も私に興味を持たないのが救いだった.

どうせ何がなんだか分からないし、読み方も分からないので、メニューの適当な行を指さし、これを一杯、というつもりで、人差し指を立ててみせた. 右端に量のようなものが書いてあったので、これがお酒だということだけはようやく分かった. オリーブなんかも頼みたかったのだが、さすがに分からないのでそれは諦めた. 何を言ってるのだか分かりもしない隣のカップルの会話をBGMにし、カクテルを3杯飲んだところで帰るかと、席を立った. 店員に何と言えば会計に入って貰えるのか分からないので察してもらえることを心で祈っていると、店主は私にも聞き取れるような英語で話しかけてきた. 私が日本からの観光客(ということにしておいた)であることが分かると、こういうところではチップといって現金を余計に支払うものだと教えてくれた. そうは言ってもどのくらいを余計に支払えばいいのか分からない. どうせ二度と来ないお店にいい顔をしても仕方がない. とは言え日本人に悪い印象も持たれたくない. えいという気持ちで、財布に入ってた、余分に思えた硬貨の二枚を手渡した. 店員はそれを見て、小声に私に耳打ちをした. 他の客はもっと少ないよ、と言って、一枚を返してくれた.

これは、それだけのお話.

夢日記/_

2018/08/06

イギリスがEUから正式に離脱したその月に、私は正式に退職をした. 自己都合退職、ということになっている. 大した感慨もなく、単に会社が私に合わなかっただけの問題だと考えた.

余っていた有給を最後に消化することは無事に認めさせていたので、手続きの類は全て先々週に終わらせ、それからはずっと家でゴロゴロしていた. 正確に言えばただじっと家に篭って息を潜めて、夜になるとちょっと近所のコンビニに出掛けるといった生活だった. 退職したということを親にも友人にも言っていないという引け目から、なんだか人と交流を持つのが嫌で、ネットもテレビも見ないで過ごしていた. 家には所謂「積読」というものが堂々と聳え立っていたので、暇はしなかった. 今日、火曜日に正式に離職し、おそらく社内では今頃、私の名前が載った pdf が流れ、同期の皆んなも読んでる頃だろう. 何か言ってるだろうかと、会社のチャットにアクセスを試みたが、私のアカウントはとっくに消されていたようでログインできなかった. まあいいや、どうせ誰もそんなに話題にしたりしないだろう. 私だって他人が離職したときにいちいち騒いだりしてこなかったから、お互い様だ.

考えたくはないことを具体的に考えることは出来ないが、どんなテーマが考えなければならない事項としてあるかは、自然と胸の辺りに沸いて出てくる. つまりお金のことだ. どうにかしなきゃいけないということだけが、はっきりと分かる. 来月の家賃や年金の支払いのこと、払うのをやめた公共料金や携帯電話代のこと. しかしそれより先のことを考えることができない. 行動することは、もっとできない. 考えるのが面倒なときに、私はベッドに横になる. それでも気分が晴れるわけではない.

考えを新たにし、まず行動だけをすることにした. とにかくなんでもいいと思った. 身体を動かせば頭はきっと後からついてくる. わたしは物置からザックを取り出した. その中にタオルとTシャツとレインウェアを入れ、近所のスーパーまで、チョコレートなんかと水を買いに出掛けることにした.

2018/08/07

ほとんど全てのテレビ局とラジオ局が一斉に緊急ニュースに切り替わった.

残りのテレビショッピングを流していたテレビ局もやがてすぐにニュースに切り替わった. さっきまでの呑気な雰囲気と打って変わってのアナウンサーの焦りようであった.

朝の四時、Aは珍しくこんな時間に起きていた. 普段は散々惰眠を貪る遅刻の常習犯で、それが原因でついに先日仕事をクビになったらしい. 仕事を辞めてから反省するわけでもなく、それどころか、これまで会社のせいで十分に取れなかった睡眠を取り返すのだと言って一日の半分以上を布団の中で過ごす生活を送っていた.

そんなだから、こんな時間に起きても、それは不規則な生活が祟って目が覚めただけで、またすぐ布団に戻るんだろうと薄ら目で様子を見ていたが、何やら大きな鞄から荷物を取り出しては戻してを繰り返してゴソゴソしている. 聞くと、今日は登山に行くという. 私はこの人がいないなら久々に部屋の掃除が出来るわと思い、黙って見てることにしたけれど、天気くらい見て行ったらどう、とだけ忠告することにした. Aは分かったと言ってテレビの電源をつけた. テレビのチャンネルは昨夜合わせたテレ東のままだった. ちょうどよく真面目なニュース番組がやってると、チャンネルをそのままにし、放ったらかしに、また荷物をごそごそと整理し始めた.

そのアナウンサーの読み上げ方はあたかも、志願兵を募っているかのような、勇ましいような、或いは強く詰め立てるような口調に聞こえたので、私はぎょっとしてしまった.

この国がいよいよ危ないということは専ら話題になっていたことだ(Aのような世俗を断った人間でもなければ、天気の話題を口にするかのように国の財政のことを話すのが挨拶代わりだった).

そして例の法律が議会を通り、キャンペーンが始まるのが今日なのだと言う.

私は冗談のつもりで、あなたも応募したらどう? と言うと、Aは大して笑いも怒りもせず、ただ黙ってその大きなカバンを背負って立ち上がった. 天気は見なくていいのと聞くと、そういえば昨日調べたから大丈夫だという.

私はAを見送った後、何時に帰ってくるのか聞きそびれたことに気付いた.

部屋に戻るとアナウンサーは丁度キャンペーンの説明をようやく終えると、次に栄えある初回志願者たちの名前が読み上げられた. 総勢144名. このリストは今日一日中何度も何度も耳にする羽目になるのだろう.

私はさっきしそこねた質問の無意味さに気付いた.