「幸福否定」なるものは、笠原敏雄という男が、
一人で研究している心理学的な理論であるらしく、
いわゆる、超心理学であろう。
つまり、心理学の体系には仲間に入れてもらえてない分野。
そらまあ、「幸福否定」なんて言葉はその男しか使っていないようであるし。
たとえばAと、その逆のBというふたつの選択肢がある場合、本当はAを選びたいのに、実際にはそれを選ぶことができず、即座にBの方を選んでしまうというのである。 (幸福否定のさまざまなパターン より引用)
分かるなあ。と思いつつ、既存の心理学で説明できそうな現象である。
ところで私は歯医者に行かなければならないのである。
親知らずが水平方向に生えているらしい。
レントゲン写真でありありと見せられてしまった。
しかしそれは、もう、これ以上生えるのを止めて僕を苦しめないのではないかという、
そういう希望がまだ捨てられないからだ。
そのまま放っておくと辛いぞという親からの写実的な脅しをまだ私は鼻で笑っている。
本気で自分を楽しませよう。
散歩してて、本屋にふらっと入って、マンガを数冊買う。
これは自分を楽しませることだ。
金がかかりすぎるのと、
一回読み終えると、すぐ飽きてしまう。
(それでもたまにアタリの本だったりすると、大変な幸福だから止められない)
お金がかからず、もっと長く楽しめて、
肉体にも精神にも健全な、楽しませ方に苦心しよう。
cympfh.github.io
から cympfh.cc
にホスティングさせた。
前者にアクセスすると後者に 301 Moved Permanently
されて、
後者にアクセスすると、 前者のページをなんかこう、上手いこと、ホスティングしてくれる。
そんなのは見れば分かるし、気づかなければ気づかないで不都合は無いことなので、 わざわざここで書く必要もなくて、 書いては消して、を繰り返した。 もしかしたら、いつかの私が、「いつから cympfh.cc
使い始めたんだっけ」と 思った時の為の記録として書くことにした。 一度 vim を閉じたけれど、
:reg
すると、"1
に、前に消した文章が丸々残っていたので vim は便利だ。