久々に来るとあまりにも様変わりをした大阪駅を、あちらこちら探検していると、強かった風の勢いが更に一つ大きくなり、一緒に雨も混ざってパラついてきた。 15時になると駅に入っていたデパートが閉店をし、私も追い出されてしまった。 とはいえ傘も差さなくても平気な程度だったので大げさに思われた。 もっとも傘など持ってすらいないのだが。 周りの雰囲気は完全に私にさっさと帰宅することを強く勧めていたが、初めの目的を達してないのでまだ帰るわけにはいかなかった。
私はあなたたちのことが嫌いです.
その理由の一つを、今日さっき、久々に湯船にお湯を張ってのんびりに浸かってたら思いついたので書いておきます.
あなたたちは途中経過を報告しないくせに結末だけを突然報告してきます. それだったら途中経過も報告すべきだし、だったら結末だって報告しないべきです.
ある意味 2 は 3 の途中報告と言えなくもないが.
とにかく, 途中経過を省いて結果だけ述べるのは, 不誠実だと思う. よく結論を先に述べよだとか言うが, それはそのあと途中の説明が続くから良いのであって, 結論をただ述べて終わったのでは誰も相手にしないであろう.
さてそもそも私は古本屋巡りに来たのであった. 初めて来る街であっても、数十年ぶりに来る街であっても、毎日来てる街であっても、古本屋巡りをせずにいられない私である. 台風がなんだという顔でその本屋は開いていた.
それはそうで、その二階に店主は住んでると思われるので、酷くなったらシャッターだけ降ろして自分は上に上がればよいのだから、気楽なものである. 客である私はそうも言っていられない. 店内のテレビニュースが言うには新幹線が続々運休を決めたようだ. まさか普通線までは運休しないだろうが、無事帰れるのか心配にもなってきた. 気が気でない私は立ち読みも疎かに、精神病理の本を適当に選んで贖った.
帰路の車中で本を開いた. 前の持ち主が最後に開いたページが判明した. 栞が挟まっており、本を自然に両手に乗せるとそこでページが開いたのである.
買ったばかりの古本を開くと、そこには栞の代わりに挟まれた二千円札があった。 本に挟まっていたという驚きと、それが二千円札であるという感動。 200円で買った古本に挟まっていたから本の価値を無視しても1800円の得だな、なんていう下心が働いたのも仕方がない。 さて、拾ったものを猫ババするのは拾得物横領である。 しかしこれは拾ったものではなく先程きちんとレジを通して精算したものであるから、所有権は確かに私にある、と言っていいのだろうか。 しかし何の因果でこの二千円札は誰にも気附かれずに私の手元に舞い込んだのだろう。 台風で止まった電車の中で私は、思わず神秘主義者にならざるを得なかった。 電車は二時間後ようやくゆっくり動き出した。
(これは創作小説です)
FujiFilm の x100f というカメラを買った。 全くの初心者には持て余す高機能であるが、これで向こう10年は戦えるからいい買い物だ。きっとね。 カメラが私を連れ出す、とはどこかで聞いたフレーズだ。 私が普段好きで散歩する場所を今ひたすら虱潰しに訪れて写真に収めている。 季節が変わればまた撮りに行くだろう。
一発で良い写真が撮れない。 取った写真を確認し、調整をし、また次を撮り、とやってると、納得の出来る一枚を撮るために、同じ場所に平気で五分も突っ立って何枚も試行錯誤をする必要がある。 だから動くものを撮れない。 オートプログラムモードを使えばとりあえず綺麗な写真は一発で撮れるのは分かっているけど、それは口惜しいじゃないか。