夢日記/_

2018/08/06

イギリスがEUから正式に離脱したその月に、私は正式に退職をした. 自己都合退職、ということになっている. 大した感慨もなく、単に会社が私に合わなかっただけの問題だと考えた.

余っていた有給を最後に消化することは無事に認めさせていたので、手続きの類は全て先々週に終わらせ、それからはずっと家でゴロゴロしていた. 正確に言えばただじっと家に篭って息を潜めて、夜になるとちょっと近所のコンビニに出掛けるといった生活だった. 退職したということを親にも友人にも言っていないという引け目から、なんだか人と交流を持つのが嫌で、ネットもテレビも見ないで過ごしていた. 家には所謂「積読」というものが堂々と聳え立っていたので、暇はしなかった. 今日、火曜日に正式に離職し、おそらく社内では今頃、私の名前が載った pdf が流れ、同期の皆んなも読んでる頃だろう. 何か言ってるだろうかと、会社のチャットにアクセスを試みたが、私のアカウントはとっくに消されていたようでログインできなかった. まあいいや、どうせ誰もそんなに話題にしたりしないだろう. 私だって他人が離職したときにいちいち騒いだりしてこなかったから、お互い様だ.

考えたくはないことを具体的に考えることは出来ないが、どんなテーマが考えなければならない事項としてあるかは、自然と胸の辺りに沸いて出てくる. つまりお金のことだ. どうにかしなきゃいけないということだけが、はっきりと分かる. 来月の家賃や年金の支払いのこと、払うのをやめた公共料金や携帯電話代のこと. しかしそれより先のことを考えることができない. 行動することは、もっとできない. 考えるのが面倒なときに、私はベッドに横になる. それでも気分が晴れるわけではない.

考えを新たにし、まず行動だけをすることにした. とにかくなんでもいいと思った. 身体を動かせば頭はきっと後からついてくる. わたしは物置からザックを取り出した. その中にタオルとTシャツとレインウェアを入れ、近所のスーパーまで、チョコレートなんかと水を買いに出掛けることにした.

2018/08/07

ほとんど全てのテレビ局とラジオ局が一斉に緊急ニュースに切り替わった.

残りのテレビショッピングを流していたテレビ局もやがてすぐにニュースに切り替わった. さっきまでの呑気な雰囲気と打って変わってのアナウンサーの焦りようであった.

朝の四時、Aは珍しくこんな時間に起きていた. 普段は散々惰眠を貪る遅刻の常習犯で、それが原因でついに先日仕事をクビになったらしい. 仕事を辞めてから反省するわけでもなく、それどころか、これまで会社のせいで十分に取れなかった睡眠を取り返すのだと言って一日の半分以上を布団の中で過ごす生活を送っていた.

そんなだから、こんな時間に起きても、それは不規則な生活が祟って目が覚めただけで、またすぐ布団に戻るんだろうと薄ら目で様子を見ていたが、何やら大きな鞄から荷物を取り出しては戻してを繰り返してゴソゴソしている. 聞くと、今日は登山に行くという. 私はこの人がいないなら久々に部屋の掃除が出来るわと思い、黙って見てることにしたけれど、天気くらい見て行ったらどう、とだけ忠告することにした. Aは分かったと言ってテレビの電源をつけた. テレビのチャンネルは昨夜合わせたテレ東のままだった. ちょうどよく真面目なニュース番組がやってると、チャンネルをそのままにし、放ったらかしに、また荷物をごそごそと整理し始めた.

そのアナウンサーの読み上げ方はあたかも、志願兵を募っているかのような、勇ましいような、或いは強く詰め立てるような口調に聞こえたので、私はぎょっとしてしまった.

この国がいよいよ危ないということは専ら話題になっていたことだ(Aのような世俗を断った人間でもなければ、天気の話題を口にするかのように国の財政のことを話すのが挨拶代わりだった).

そして例の法律が議会を通り、キャンペーンが始まるのが今日なのだと言う.

私は冗談のつもりで、あなたも応募したらどう? と言うと、Aは大して笑いも怒りもせず、ただ黙ってその大きなカバンを背負って立ち上がった. 天気は見なくていいのと聞くと、そういえば昨日調べたから大丈夫だという.

私はAを見送った後、何時に帰ってくるのか聞きそびれたことに気付いた.

部屋に戻るとアナウンサーは丁度キャンペーンの説明をようやく終えると、次に栄えある初回志願者たちの名前が読み上げられた. 総勢144名. このリストは今日一日中何度も何度も耳にする羽目になるのだろう.

私はさっきしそこねた質問の無意味さに気付いた.